忘れえぬ想い







<柚木SIDE>




香穂子を乗せた迎えのリムジンは家の前に着くとキッと車を止めた。

運転手が恭しくドアを開けて香穂子が降りると、続いて柚木も車から降りる。

「・・・・想像以上に大きいですね・・・」

香穂子が唖然として家を見た率直な感想を述べた。

それに対して柚木はクスッと小さく笑う。

「緊張してる? おばあ様は手強いぜ」

「・・・少しだけ。 でも、認めて頂けるように頑張ります」

凛と澄んだ強い眼差しで香穂子は答える。

彼女の本気が伝わってきて柚木は眩しそうに目を細めた。

そして、自分の目に狂いはなかったと改めて確信する。

どんな逆境も乗り越えられる強かさが香穂子にはきちんと備わっている。

それはこの家の人間となる者ともなれば尚重要な事―――。

守ると誓った少女はこんなにも立派に成長していて、少し寂しい気持ちもあるが・・・・やはり喜ばしい事に変わりはない。

同時に、そんな彼女だからこそ支えてやりたくなり―――愛しいと感じるのだ。

「お前なら、きっと大丈夫だよ」

それは気休めなんかじゃなくて本心からの言葉。

「梓馬さん・・・・」

想いが伝わったのか、香穂子にも漸く笑顔が戻った。

どんな表情でも愛らしいけれど、やっぱり笑った顔が一番似合う。

彼女の負担が少しでも和らいだのなら嬉しい。

柚木も安堵してふと微笑む。

「それじゃ中へ入ろうか。 ・・・我が家へようこそ」

引き戸を開けて、おどけて言えば香穂子はクスリと再び微笑んだ。

「お邪魔します」

香穂子を先に通してから自分も家の中へと入る。

靴を脱いだ所で何やらパタパタと階段を駆け降りる足音が聞こえてきた。

その足音の主は徐々に接近し、勢いよく柚木の懐へと飛び込む。

「お帰りなさい、梓馬お兄さまっ!!」

「雅・・・!?」

雅と呼ばれたその少女は、ウェーブを緩くかけた柚木と同じ紫紺色の髪に、人形のような整った顔立ちをしている。

ぎゅうっと絡みつく腕を優しく解いて、柚木は雅の身体を香穂子に向けさせた。

「僕の妹の柚木雅だよ。
 雅、こちらは恋人の日野香穂子さん。 さぁ、ご挨拶して」

そう言われ、笑顔だった雅の表情は途端に険しくなる。

「お兄さまの恋人・・・・? 貴女が?」

「はい、初めまして。 日野香穂子と申します」

頭を下げて自己紹介する香穂子を、さも詰まらなそうに一瞥した。

「・・・・雅です。 ハジメマシテ」

明らかな妹の敵意剥きだした態度に柚木はそっと嘆息する。

温厚な兄たちは仕事で滅多に家へ帰らないし、姉は嫁いでいるからもう住んではいない。

両親は―――おそらく、祖母の意向に従うのだろう。

ただ、父は見合いの時に協力してくれて、応援してくれているのが解った。

けれど、その件とこれは別問題であり先ず祖母に認めてもらわなければ、香穂子と婚約する事など許されない。

本家の出である祖母の発言はそれだけに絶大で、家の長である父の意見すらもなかなか通らないのだ。

プライドを固めて作った様な性格の祖母を説得するだけでも苦労するのに妹までこの様子では

この家に香穂子の味方をする人間は柚木だけという事になる。

大方そうなるだろうとは思っていたけれど、今はこれ以上香穂子に余計な負担は掛けたくない。

雅がこんな態度では、香穂子はきっと戸惑っているだろう。

そんな心理状態であの祖母に認めてもらうなんて甚だ無理だ。

とりあえず、雅には事が済むまで部屋で大人しくしてて貰おうと声を掛ける。

「僕はこれから、おばあ様たちを呼んで大事な話をするから・・・・雅はお部屋でいい子で待ってて」

けれど、雅は首を横に振る。

「その間お客さま一人じゃ失礼でしょう? 私がそれまでお話し相手になるわ」

そう言う妹の顔は何かを企む小悪魔な表情をしている。

柚木と違い雅は感情が顔に表れるから、何を考えているか直ぐに予想がつく。

今もきっと良からぬ事を計画しているに違いない。

柚木がダメだと言おうとした時、香穂子が先に返事をした。

「私も雅ちゃんとお話してみたかったから、一緒に居てもらえると嬉しいな」

香穂子の言葉に思わず脱力してしまう。

「・・・・お前は馬鹿か? 折角、俺が助け舟をだしてやったのに」

雅に聞こえないよう、小声で香穂子に耳打ちする。

「雅が何か考えている事くらい解るだろ?」

「はい。 梓馬さん程じゃないですけど、雅ちゃんの笑顔も黒いですから」

やっぱり兄妹なんですね、と茶化す香穂子に柚木は呆れた。

「大丈夫ですって! 私も負けませんから」

そう言って、にっこりと微笑む香穂子の表情は何時もと何処か違っていた。

だが、それは漠然とした勘みたいなものなのでハッキリとは解らない。

「・・・梓馬お兄さま? どうかなさったの?」

少し考え込んでいると雅の不審そうな瞳とぶつかり、何でもないよと微笑む。

「解った。 雅、香穂子の事・・・・宜しく頼んだよ」

「任せて! さぁ、香穂子さん。 私が客間までご案内するわ」

雅は嬉しそうに返事をすると、香穂子の腕を取って引っ張っていく。

柚木は二人の後ろ姿を、当初の笑みを崩さないまま見送る。

やがて見えなくなると、おもむろに溜め息を吐いた。

「・・・まぁ、いいか。 相手はまだ中学生なんだし」

大した事にはならないだろ、と呟いて柚木も祖母たちが居る離れへと歩を進める。






先ず離れの祖母の自室へ行って、香穂子が来た事を伝えると『直ぐに行く』との返事が返ってきた。

それは両親も同じ返答で、柚木は早々に報告を済ませると香穂子たちの居る客間へと戻る。

つい歩くペースが速まってしまうのは、やはり心配だから。

記憶を失くすまでの事件に発展せずとも、香穂子が少しでも嫌な思いをしていたら、それだけで腹が立つ。

―――自分の目が届かない所だったりしたら尚更に。

それが例え家族であったとしても、彼女の笑顔を曇らす事は絶対に許せない。

そう思って早歩きで来たのに、客間からは二人の楽しげな笑い声が聞こえる。

始めはあんなに敵意を見せていた雅が、今では楽しそうに会話しているなどと信じられなかった。

だけど、その『信じられない事』は実際に起きている。

不審に思いながらも柚木は襖を開けた。

「楽しそうだね、二人とも。 廊下まで笑い声が聞こえていたよ?」

「あ、梓馬さん」

香穂子はにこやかな顔で振り向く。

(・・・・どうやら、俺の思い過ごしみたいだな)

心の中で柚木はそっと安堵した。

そして、雅の方へ目を向けると後ろ手で何かを隠している。

「雅・・・? その後ろで持っている物は何だい?」

極力優しい声で尋ねると、雅はあからさまに肩を大きく震わせた。

「ちょ、ちょっと・・・お義姉さまに頂いたものが。 別に何でもないのよ!」

――――『お義姉さま』・・・?

さっきまで『香穂子さん』って呼んでいなかったか?、と益々不審に思う。

探るような目をしていたからか、雅は柚木から逃げるようにして部屋を出る。

・・・・が、途中でピタリと足を止めると今度はクルッと振り向いた。

「そうだ、言い忘れていたわ。 私は梓馬お兄さまと、香穂子お義姉さまのご婚約に賛成よ!」

それだけを上機嫌に言うと、雅は再び背を向け自室へと駆けて行く。

柚木は慌てて戻る雅を見送り、姿が見えなくなると瞳を香穂子に移す。

「数分の間にどうやって手懐けたんだ? そこまで単純な子じゃなかったと思うんだけど・・・・」

感心半分、呆れ半分で聞けば香穂子はニコリと笑う。

また、先ほどに覚えた違和感を感じる。

しかし、今度はその違和感の理由が解った。

「ふふっ、確かに手厳しい子でしたけど・・・・やっぱり雅ちゃんも女の子なんですよ」

そう言う彼女の笑顔は無邪気だけれど、少し黒いオーラを纏っているのだ。

香穂子はバッグから一冊のフォトアルバムを出すと、それを柚木に見せる。

「・・・・何コレ。 隠し撮り?」

中にはコンクールの時のもあったが、殆どが隠し撮り写真ばかり。

素の表情がないのを確認してホッとする。

だが、同時に嫌な予感も浮上した。

「まさかとは思うけれど、この写真を・・・・・?」

「はい、雅ちゃんに差し上げました」

「・・・・・・。 因みに、どれくらい?」

「多分、あの量だったら写真集を一冊は作れると思いますよ」

「・・・・・・・」

早計をしても一冊に百ページくらいはあるだろう。

―――考えただけでも、頭が痛い。

「本当、お前には参るよ・・・・」

はぁ・・・と一息吐いて、こめかみを押さえた。

「私も手段は選ばない事にしたんです」

「・・・・まぁ、その辺に異論はないけどな」

この家で個人の選択権など皆無に等しいのだから。

何かを貫き通したい時は、自分だけを信じて道を切り開かねばならない。

香穂子もそれを理解しているからこそ、揺るぎがないのだろう。

その強さは、この家で生きていく事を覚悟した彼女にとって必要なものとなる。

「だけど、弱さがあったって良いんだぜ? 辛い時は辛いって言えばいい。 不安な時は我慢しないで泣けばいい。
俺が全部受け止めてあげるから、無理して気を張ろうとするなよ」

そう言うと、柚木は香穂子の頭をポンポンと優しく叩いた。

香穂子はキョトンとして暫く柚木を眺めたが、すぐ後に微笑んだ。

その笑顔はさっきまでのものとは違い、彼女らしい柔和な笑みで・・・・・・。

「香穂子には俺が居る。 独りじゃないだろう?」

「そうですね・・・・。 確かに少し背伸びしてたかも知れません」

「これからは、ちゃんと俺を頼れよ・・・・?」

努力します、と苦笑する香穂子の左手を取って指輪がはまっている薬指にキスを一つだけ落とす。

途端に紅くなる香穂子を見て、柚木は微笑しながら甘やかに囁いた。

「この指輪を受け取った事に後悔なんてさせないよ―――」

「後悔なんてしませんよ。 梓馬さんさえ側に居てくれれば良いんです・・・・」

香穂子は半ば泣きそうな声で答えると、その左手を柚木の左手へ移動させる。

互いに指と指を絡ませ合いながら、二人は幸せそうに笑った。







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★あとがき★

今月は更新月間という事で、UPを早めました。
その所為か、いつもより内容が短くなってしまいましたが・・・・・(汗)
次はいよいよ運命の決戦です・・・!!
雅ちゃんも登場させたいなって思ってますvv
可愛いからっ!!