香穂子の身体に付けられた傷を見た瞬間、自分の中で何かが切れた。

それでなくとも、もう限界だったのだ。

自分の気持ちを押し殺す事も、香穂子が他の男に穢された証を見るのも・・・・・。



だから、もう一度。

出来ることなら・・・・二人の手が離れる前の関係に戻りたい―――。

香穂子を独り占め出来る権利が欲しい。










** 告 白 **










「今更なのは自覚している。 虫が良すぎるのも」



香穂子の瞳は未だ驚きに満ちて、柚木を見つめている。

柚木も視線を逸らす事なく言葉を続けた。




「だけど・・・・これ以上、お前を他の奴に傷付けられたくない・・・・」




柚木は後ろから抱き締めながら彼女の肩口に顔を埋める。

祖母の画策で香穂子と引き離された二年間、どれほど己の無力さを恨んだか知れない。


だからその一件以来、前よりも稼ぐ事に貪欲になった。

資金さえあれば香穂子を探し出せる・・・・その一心で必死に勉強し、華道以外の仕事までも視野に入れた。

幸い素質が備わっていたのか、一度教わった事柄はすんなりと遣りこなせた。

今では本来長男が管轄する筈の仕事を、自分にも半分任されている。



しかし、肝心な事はあと一歩という所で自分はいつも手が届かない。


あの日だって香穂子と偶然にも再会し、居場所を突き止められた所までは良かった。

だが、香穂子は既に水揚げされて他の男の印を付けていたのだ。



醜く嫉妬して、一番大切な人を傷付けてきた自分が今更何を伝えるというのか。

考えても解らない。 今、こうしている時だって。

でも抑えていた感情を一度吐露してしまったら・・・・止まらなかった。




「・・・どうして・・・あの時の事を、私を恨んでいたんじゃ・・・・」

「恨む? なんでそう思うの」

「だって・・・・約束を破ったから・・・裏切った、から・・・・」




徐々に香穂子の声が弱々しくなって、俯いていく。

だが、柚木は柚木で驚いていた。

香穂子がそんな勘違いをしていたとは思いもしなかったから。


柚木は今にも泣き出しそうな香穂子の顔を持ち上げて、視線を合わせる。

その瞳は不安に揺れていた。




「お前は俺を裏切ってなんかいないだろ。 あの日、お前に他の選択肢は無かった・・・違うか?」

「なんで知って・・・!」

「俺はあの人の孫だぜ? 調べれば簡単に解るさ」




実際は調べるまでもなく、本人を問い詰めたら直ぐに白状したのだ。

まるで、何でもない事のように。

大変だったのは香穂子の行方だった。

何処の見世なのか祖母は絶対に口を開かず、日野家には訊ける訳もない。

道は八方塞だった。


かと言って、ただ闇雲に捜し歩くのも時間の浪費だ。

吉原の遊郭に行った事は間違いないのだから、先ず金が無いとどうしようもない。

だから柚木は稼ぐ事を優先させたのだ。

いつか香穂子を迎えに行く、その為に。




「この二年間、お前を忘れた事なんて・・・一度もなかった」

「で、でも・・・私の事は性欲処理って」

「あれは・・・全部、お前を抱く為の口実だよ」

「じゃあ・・・・・!」

「・・・信じてくれないか・・・香穂子・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「俺はお前以外を愛したり出来ない・・・好きなんだ、本当に・・・」




柚木は今まで告げる事が出来なかった想いをぶつけて、腕の中の存在を強く抱き締める。

すると、香穂子は小さく・・・蚊の鳴くような声で何かを呟いた。




「・・・・が・・・・・・な・・・の・・・・・・」

「え?」

「資格がないの・・・柚木様にそう言って頂ける資格が、もう無いんです・・・」

「関係ないだろ、そんなの」




そう言うと、香穂子は激しく首を横に振った。




「私はもうあの頃の私じゃない! ・・・いっぱい汚れてる・・・穢いの・・・」

「香穂子・・・・」




柚木の腕の中で香穂子の小さな肩が震え、前に回していた手の上に雫が一滴落ちた。

おそらく、そうやって今まで自分を責めてきたのだろう。

それが痛々しく見えて、柚木は香穂子の目元に口付けし涙を拭ってやる。




「ゆ、柚木様・・・・・?」

「お前は綺麗だよ。 あの頃と何処が違うの?」

「何処がって・・・」

「負けん気が強いくせに、人一倍傷付きやすくて、すぐ自分一人で問題を抱え込む」

「えっ?」

「今だってそう。 ほら、昔と変わらないだろ?」

「・・・柚木様・・・」

「そんなお前だから目が離せなくて、護りたいと思うんだ」




香穂子の瞳からは止まった筈の涙が再びポロポロと零れる。

それは柚木の着物の袖に落ちて、染み込んでいく。




「・・・私・・・私は・・・・っ・・・」

「急がなくていい。 ゆっくりでいいから、香穂子の気持ちを聞かせて?」

「・・・私、も・・・・好き・・・・・梓馬さんが・・・好きです・・・」

「俺も香穂子が好きだよ・・・愛してる・・・」




柚木は香穂子を前に振り向かせて、唇に口付けた。

初めは軽く、啄ばむように。

徐々に深くなるそれに互いが夢中になり、求め合った。




「んっ・・・はぁ・・・梓、馬さ・・・・」

「呼び方、 『梓馬さん』 に戻ったな」

「あ・・・・嫌でしたか・・・?」

「いいや。 寧ろ、他の呼び方したらお仕置きするよ」

「えぇ・・・っ!?」

「ふふっ、冗談だよ。 ・・・でも、やっぱり嬉しいもんだな、お前にそう呼ばれるのは」

「これからも、そう呼んで良いですか・・・?」

「別に許可なんて要らないだろ。 お前が好きな時にそう呼べばいい」

「はい・・・そうですね」




そう言って、香穂子は嬉しそうにふわりと笑った。

久方振りに見た香穂子の笑顔は、とても眩しく感じた。




「ねぇ、香穂子・・・・続き、してもいい?」



柚木は欲望を抑えた声で囁く。

こうして、わざわざ同意を求めたのは初めてだ。

香穂子も一瞬、虚を突かれた表情をしたが・・・・やがて小さく頷いた。




「私も・・・梓馬さんに抱かれたい・・・」




二人はどちらともなく自然に抱き合い、何度目か解らない口付けを交わす。

それを合図に柚木は香穂子の身体を褥へそっと押し倒した。




「・・・・緊張してるのか?」

「少しだけ・・・変なの、初めてじゃないのに・・・」

「力抜いて。 優しくするから・・・」

「・・・・は・・・・い・・・・」




深呼吸を繰り返して柚木の言った事を素直に実行する。

だが、優しく扱われる事に慣れていない身体は無意識に力が入ってしまうのか、なかなか抜けない。



それでも必死に力を抜こうと頑張る香穂子が、たまらなく愛しく感じた―――。










NEXT >>



**************

★あとがき★

よーやく甘くなってきました・・・か?
次も甘々で進みますvv