今晩は柚木が登楼すると千歳から聞いた。
支度をするために鏡に向かっていた香穂子は、ハッとして手を止める。
・・・・・・化粧が、若干いつもより濃い。
昨夜は柚木に自分が相応しくない事を散々思い知ったというのに・・・・・。
無意識だった事が更に浅ましく感じられた。
だが、もうやり直している暇などないので、このまま行く他はない。
鏡で化粧が浮いていない事を確認して香穂子は髪部屋を後にした。
** 変 化 **
襖を開けると、そこに柚木は既に居た。
「お待たせして大変申し訳御座いません、柚木様」
土下座の形で腰を折ると、背中に鈍い痛みが走る。
―――昨夜の傷が癒えていない所為だ。
悲鳴だけは何とか押し殺して顔を上げる。
一瞬だけ・・・柚木が怪訝な表情をしたが特に何も言われなかった。
「こっちへおいで」
「はい・・・・」
香穂子は言われるまま、柚木の居る褥の方へ歩み寄った。
そして柚木と向き合う形で座る。
「さぁ、脱いで。 自分で出来るでしょう?」
「・・・・っ・・・・」
「まさか今更、恥ずかしいなんて寒いこと言わないよな」
「・・・いえ」
「じゃあ、いったい何を躊躇うの?」
段々と柚木の口調にも不機嫌さが滲み出ている。
覚悟は・・・決めたはずだ。
ここで躊躇っていても仕方ない。
香穂子は意を決して、纏っていた華やかな仕掛けを一枚ずつ脱いでいった。
「・・・お前・・・その傷は・・・」
最後となった緋襦袢を脱ぎ捨てれば、香穂子の白い肌には痛々しい程の打撲の痕があった。
それは素手などではなく、割り竹など細身の棒で叩かれたものだ。
驚愕した柚木の瞳が見開かれる。
「折檻、されたのか・・・?」
「違います・・・」
「・・・・なら、客の趣味で?」
香穂子は俯いたまま小さく頷く。
頭上にある柚木の顔は見られなかった。
もし、嫌悪した瞳で見下ろされていたら・・・そう思うと直視するのが怖いから。
だが、予想に反して柚木の態度は違った。
「・・・まだ、痛い?」
「えっ?」
柚木はそっと傷跡を撫でながら問う。
その口調には労わりが交じっていて、香穂子は驚いて顔を上げた。
そして、また驚く。
柚木の表情がいつになく辛そうに歪んでいたから・・・・・。
まるで自分が傷を負ったように。
「まだ痛むのか・・・?」
「す、少しだけ・・・」
「そう・・・・」
「・・・・柚木様? った・・・!」
不意に、撫でていた指に力が篭った。
そんなに強い力ではなかったものの、まだ痣にもなっていない傷を触られると痛い。
ビクンと肌を震わせれば、柚木は傷の上に口付けを落とした。
「あ・・・っ」
「俺が―――」
「え・・・?」
「俺が、その傷を上書きしてやるよ」
そう囁くと、柚木は傷の上に紅い花びらを散らしていく。
時には吸い上げ、時には舌を這わせる。
そんな柚木の愛撫に香穂子はどうしようもなく感じてしまう。
柚木だけに、この身体は反応を示すのだ。
「あっ・・・んん・・・っ」
肩、腕、胸、腹、腿・・・と、傷のある場所に口付けを施す。
前が済んだら今度は後ろ、と言われ・・・同じように愛撫を受けた。
背中が弱い香穂子は柚木の唇や髪が触れる度、ゾクゾクとした快感が突き抜ける。
「・・・・ふ、・・・ぁ・・・っ」
「ここも・・・もう濡れているな・・・」
「ひゃっ・・・・あぁ・・・・」
ぬるり、と香穂子の秘所に柚木の指が滑った。
その指が上に行って、自己主張を始めた花芽を撫で回す。
感じやすい部分に刺激を受け、香穂子の腰がビクビクと浮く。
「・・・どうして・・・?」
「え?」
「どうして、今日は優しくして下さるんですか?」
香穂子は熱に浮かされながらも、先程から気になっていた事を質問した。
抱き方だけではない。
今日は香穂子を貶めるような事も一切言われてはいなかった。
「もの足りない?」
「そ、そういう意味じゃありませんっ!」
「ははっ、冗談だよ。 ただ・・・」
「ただ?」
「・・・・そういう気分になっただけだよ」
そう言うと、不意に柚木の顔が迫る。
半ば反射的に瞳を伏せると唇に仄かな温もりを感じた。
小鳥が啄ばむような口付けから、舌を絡ませ合う深いものへ。
「・・・ん・・・んんっ・・・」
脳まで蕩けてしまいそうな程、頭がクラクラする。
流石に息苦しくなって、柚木の羽織りを引っ張り解放して欲しいと訴えた。
しかし、柚木は更に香穂子をきつく抱き締めて角度を変え、何度も接吻を繰り返す。
濃密すぎる口付けは何時間にも感じられ、ようやく解放された時には全身の力が抜けていた。
柚木を背凭れにして思わずボーっとしていたら、彼の悪戯な指先が秘所を滑る。
慌ててその手を掴んだけれど、やはり女が男の力に敵うはずもなく・・・・・。
今の状態を柚木に知られてしまい、香穂子の頬はますます紅潮した。
「ふふっ、口付けだけで感じちゃった・・・・?」
「やぁ・・・言わ、ないで・・・!」
「ココをこんなに濡らして、本当に可愛いな・・・」
「・・・・えっ?」
一瞬、香穂子は幻聴かと思った。
幾度も柚木と身体を重ねてはいるが、そんな事を言われたのは初めてだ。
そもそも、香穂子たちは情事中に睦言を囁き合うような甘い関係ではない。
香穂子にとっては太いお客。
柚木にとっては、彼が結婚するまでの肉体的な繋ぎ。
だから自分達の間に睦言など必要はないし、何より無駄を嫌う柚木が言う事もなかった。
それなのに何故という疑問と、今日の柚木の態度の変化。
その両方に香穂子は戸惑った。
「なに? 俺がこういう事いうのは変?」
「ええ、すごく」
「ははっ、お前もなかなか言うね」
笑い交じりだが、その口調はどこか切なげだった。
柚木のその様子が気になって、向かい合おうと身じろげば腕の抱擁が強くなる。
「そのまま聞いて、香穂子」
「柚木様・・・・?」
「今更こんな事を言う資格は無いのかも知れないけれど・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「もう一度、俺のものになってくれないか」
「――――え・・・?」
頭が真っ白になって思わず聞き返してしまうと、見上げた柚木はとても真摯な瞳をしていた。
香穂子をからかって遊んでいる訳でもなく・・・本気の眼差しで。
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★あとがき★
擦れ違いも終盤です。
ちょっと早いかもだけど・・・ストーリー的にはまだ中盤だしね。
更新は遅めですが、まだまだお付き合い下さいませvv