あれから柚木は何度も何度も登楼し、その度に香穂子に大金を注ぐ。

そのお陰で、お茶挽きと周囲から蔑まれる事も少なくなり、毎度の食費も気にする必要がなくなった。

栄養が体内に行き渡ると、次第に香穂子自身の色香も増して他の客も徐々に付き始める。

今では売れっ妓とまではいかなくとも、そこそこに忙しくはなった。

その功績は楼主の耳まで届き、香穂子は部屋を貰い受けた。








** 傷 跡 **








「香穂子ー! 次、予約のお客さん入ってるから張り見世じゃなくて、お座敷の方に行ってね」




夜見世の準備時間、そう言いながら部屋へ入ってきたのは番頭新造である千歳だ。

番頭新造とは、遊女の庶務関係の世話係り・・・今で言うとマネージャーに当たる。

他にも数人いる番頭新造の中で、特に千歳は香穂子に対してとても良くしてくれた。

実際、今日までの働きを楼主に報告してくれたのは千歳だった。

姉御肌気質の彼女を、香穂子も本当の姉の様に慕っている。




「はーい・・・!」




返事を返して、香穂子は急いで仕上げの紅を唇に塗った。

唯でさえ忙しい千歳を待たしてはいけないと、香穂子は駆け足で部屋から出る。



「お待たせしました・・・!」

慌てて言うと、千歳はキョトンとしたあと笑い出した。



「あははっ、あんた鏡も見ないで来たんだろ?」

「え? あ、はい」

「紅がはみ出してる。 これでお客さんの前に出たら恥掻くだけだよ」



そう言いながら、千歳は懐から出した布ではみ出た紅を拭う。

香穂子は恥ずかしくて千歳の顔を見られずに、ぼそぼそと礼を言った。




「・・・それより、あんた本当に綺麗になったよね」



それは最近周りからよく言われる言葉。

でも、その変化は自分では解らなくて戸惑ってしまう。




「そ、そうですか・・・・?」

「うん。 前は骨と皮っていうか、細すぎて色気がないっていうか・・・」

「そんなに酷かったですか!?」

「ウソウソ、前も充分可愛かったですよー」

「もう、茶化さないで下さいっ」




二人で笑い合っていると、ふいに咳が出た。

その後も軽く咳き込んでしまう。



「大丈夫かい?」


千歳が心配そうに覗き込み、香穂子は涙を袖で拭いながら頷いた。

だが、風邪を引き始めてから数週間が経つ。

最近は微熱もあるようだし、咳も前より頻繁になってきた。

千歳もそれを気付いていたらしく、いつになく真面目な顔つきで香穂子に言う。




「やっぱり医者に診てもらいな」

「そんな・・・風邪くらいで大袈裟ですよ」

「風邪は万病の元なんだよ。 お金の事なら柚木様が出すって言ってくれているんだろう?」

「ですが・・・・・」

「香穂子、この世界は身体が資本だと教えた筈だよ」

「・・・はい」

「先ずは健康管理からしっかりしなくてどうするの」




千歳の言うことは尤もであり、この見世に入った当初から言われ続けていたこと。

だが、柚木にこれ以上の負担を掛けたくなくて渋っていた。




「・・・・わかりました、必ず行きますね」


そうは言うもののやはり気が進まなくて、香穂子はもう少し様子を見てからにしようと思った。










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その日は新規に馴染みとなった客だった。

まだ年の頃も若く、華道も嗜んでいると聞いて香穂子は少しだけ柚木と重ねてしまう。

いけないと自分を叱責しつつも、瞳を閉じれば脳裏に柚木の顔が浮かんだ。



―――だけど、やはり違う。



それを痛感したのは褥に入ってからだった。

どんなに類似する点があっても、香りが違う。 愛撫の仕方も違う。

柚木に抱かれてからは身体の拒否反応も酷くなった。




「・・・・・あまり濡れないね。 私じゃ感じないかい?」

「いえ・・・・そんなことは・・・・」

「君は娼妓だろう? 客の一人も満足させられないのか」




客――柏は、苛立ったような口調で香穂子の肌をピシャリと打つ。

香穂子は痛みに身を強張らせ、同時に中のものも締め付けた。




「・・・っ、今すごく締まったよ。 そうか、香穂子はこうされるのが好きだったんだね」

「ち、違いま・・・・・っぅ・・・!」




誤解した柏は、元々その気 (け) があったのか、香穂子が反応を示したのが嬉しかったのか解らないが

愉しげに二度、三度・・・と、香穂子の肌を打ち続ける。

攻められながらのそれは辛いばかりで、香穂子は褥の布を握り締めて耐える他なかった。









「・・・穢い・・・」


廓全体が寝静まった夜。

香穂子は鏡の前で全裸を晒す。

映った胸元には無数の花びらが。 背中には蒼い痣が。



「・・・穢い・・・」


香穂子は誰に言うでもなく、もう一度呟く。

そのまま、ぼんやりとしていたら胸に雫が一滴落ちた。

ふと顔を上げてみれば、鏡に映った自分が泣いている。




「なんで泣くの・・・・?」




問い掛けるように香穂子は鏡を指先で撫でた。

泣いたって現実は変わらない。

あの人に手が届くわけじゃない。



手が――――・・・・・

香穂子は自分の両手を見つめる。



「・・・・こんな手で触れたら、梓馬さんまで汚れちゃう」

そう言って、香穂子は自嘲的に嗤った。









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★あとがき★

・・・暗っ! つーか、イタイ (汗)
でも、まだドン底ではありませんよ (笑顔)