ほのかに温かいものに包まれている感触に、香穂子の意識は浮上した。

心地よくて、瞳を閉じたまま温もりに擦り寄る。

そうしたら香穂子の好きな香りがした。 大好きな彼の、花の香りが―――・・・・。







** 平 行 **








そこで香穂子は本当に目が覚めた。

瞳を開けると、眼前には柚木の美貌があった。



伏せられた目を縁取る長い睫毛。

スッと高く通っている鼻。

少し薄い唇からは規則正しい寝息を立てていた。



こうして側から観察しても粗など一切なく、眠っている柚木はまるで人形の様に美しい。

だが昨夜の激しい情交の所為か、どこか婀娜めいて見え・・・・これではどちらが娼妓なのか解らなくなる。

しかし、外見は女性っぽい柚木だけれど抱き締められる腕の力強さは男性のものだった・・・・。

香穂子は満たされた気持ちで昨夜の事を思い出していたら、ふと柚木の台詞が木霊する。




『 簡単に言えば性欲処理かな 』




「・・・・・・!」


先程までの熱は一気に冷めていき、柚木との関係を思い出す。

そう。 自分たちは、もう恋人同士なんかじゃない。

ただ互いの利害が一致したから身体を繋げたに過ぎないのだ。

それを勘違いして浮かれていた自分が滑稽すぎて、嗤うしかない。

さっきは二人分の体温で暖かく感じていた布団も、つま先から徐々に冷えていくように思えた。




香穂子は柚木が起きないように、そっと腕の中から抜け出す。

朝方の寒い空気に首を縮ませながら緋襦袢を纏い、何も付いていなかった火桶に火を投じる。

その瞬間、とくに煙を吸った訳でもないのに咳が出た。




「・・・風邪か?」




不意に掛けられた声に香穂子は振り返る。




「すみません、起こしてしまいましたね」

「いや。 それよりお前は寝ていろよ」

「大丈夫です、別に風邪を引いた訳じゃ・・・・けほっ」




否定しているそばからこれでは説得力に欠ける。

咳を止めようと我慢したら更に咽てしまった。

柚木は呆れたような視線を送って布団から身を起こす。




「俺はもう帰るから、香穂子は少し横になっていると良い」

「そんな事できません。 お帰りになるのでしたら大門までお見送り致します」

「必要ない」

「ダメです」




断りの言葉をピシャリと言われると、香穂子もムキになって口調を強めた。

こうなった香穂子が何を言っても譲らない事を知っている柚木は、やがて諦めたように苦笑する。

昔から、折れるのは何時だって柚木が最初だった事を思い出す。

そして彼なりの譲歩を提示するのだ。




「・・・仕方ないな。 じゃあ、玄関までで良いよ」

「でも・・・・・」

「これ以上は聞けないよ」



有無を言わせない、硬質な声。

それには香穂子も頷くしかなかった。












普段は長く感じる廊下も今日は短く思え、玄関まであっという間に着いてしまった。

下駄を履き終えた柚木に、持っていた荷物を手渡す。



「あの、やっぱり大門まで・・・・」

「しつこい」



全てを言い終らない内に言葉を遮られ、香穂子はしゅんと俯いた。

離れたくない。

もっと側にいて欲しい。

そう思っているのは自分だけなのだと解っていても、心の虚無感は拭えない。




項垂れて寂しそうに佇む香穂子を見て、柚木はふと視線を逸らした。

そして、香穂子にも聞き取れない声量でぼそりと吐き捨てる。


「・・・どうせ、それも演技なんだろ・・・」








「え? 今、何か言いましたか?」

「別に何も。 それより、大門までそんなに付いて来たいって言うなら連れてってやっても良いぜ」

「ホントですか!?」

「ああ。 ただし・・・」




柚木はそこで言葉を区切り、悪辣に微笑んだ。

・・・・絶対、裏に何かある。

この短い時間で学んだ香穂子の確信は当たっていた。




「大門まで来たら、その場で犯すけどな」

「おか・・・・っ!?」

「だって、言い付けを守らない悪い子にはお仕置きが必要でしょう?」

「で、でも・・・さっきは良いって・・・!」

「俺は元々ここまで来る事しか許してないよ」




そんな詐欺みたいな事をさらりと言ってのける柚木を香穂子はキッと睨み上げた。

人前でするなど死んでも嫌に決まっている。

大門まで見送りたいだけなのに、これでは行く事すら出来ない。



(私に見送られるのも嫌ってこと・・・?)



思い当たった考えに、胸がずしんと重くなった。

だが、どうやらその考えは違ったみたいだ。




「俺を見送りたいって気持ちは正直嬉しいけどね。 今日は少しでも長めに寝てろ」

「・・・えっ?」




予想もしてなかった労わりの言葉に驚いて俯けていた顔を上げる。

しかし、次に返ってきたのは皮肉だった。




「せっかく契約を結んだのに、風邪をこじらせて寝込まれたりしたら詰まらないだろう?」

「・・・・・・。 ・・・気を付けます」




別に、都合のいい言葉を期待していた訳じゃない。

そうやって自分に言い訳をしても、落胆する心は消せなかった。

香穂子は下を向いて再び俯く。


だから、気付かなかったのだ。

柚木は皮肉を言った瞬間、僅かに自嘲して表情を歪めた事を――――。




「・・・ふん。 そう思うんなら、医者にでも診てもらえ」

「けれど、そんなお金なんて・・・」

「俺が払う。 そういう契約だからな」

「・・・・・・・・」

「もうお前の身体は俺のものだ。 これからは体調を崩す事も許さないよ」




そう言って柚木は廓を出て行く。

その背中はやけに冷たく、遠く感じた・・・・。










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★あとがき★

柚木の心情もちょこっと取り入れつつも、まだ想いは擦れ違ったまま。
それにしても、一話ごとのタイトルが辛くなってきた・・・。
二文字の漢字・・・そろそろネタ切れです・・・(涙)