廓の朝は遅い。
今で言う10時頃に香穂子は起床する。
けれど、夢見が悪く布団に横たわったまま暫くボーっとしていると、側にいた同朋に頭を軽く小突かれた。
** 現 実 **
「ほらほら、そこ退いてくれないと布団が畳めないじゃないの!」
「あ、ごめん・・・」
そう言って香穂子は邪魔にならない壁側に移動する。
空いた布団を手早く纏めて、押入れに突っ込むとその子もペタンと畳に座り込んだ。
「あーあ・・・いい加減、私達も自分の部屋を持ちたいよね。 その為には頑張って花魁に昇格しなきゃ」
香穂子たちは水揚げ ――身売りの儀―― から二年経つけれど、未だに一介の娼妓に過ぎなかった。
人気のある娼妓は 『花魁』 と呼ばれ、最上位にまで昇格すると今度は 『太夫』
と呼ばれるようになる。
『花魁』 からは各自の部屋を持ち、禿(かむろ)と言う遊女見習いの少女たちが
その部屋付きとなり、身の回りの雑用をこなしてくれるのだ。
何より 『花魁』・『太夫』 クラスにもなれば、当然馴染みの客は増えて売り上げは上がる。
そうなれば、己に課せられた年季も早めに明けるのだ。
年季が明けたら晴れて自由の身になれる。
もう身売りなどしなくて済むのだから、遊女たちにとって最も倖せな事であった。
勿論、香穂子もこの仕事が好きな訳ではないので年季は早く明けて欲しいとは思っている。
けれど、それは 『花魁』 や 『太夫』 になどならなくてもいずれ明ける日が来る。
一日に何人もの客を相手にするなんて生活は・・・・どうしても考えられなかった。
それならば、気長に年季明けを待った方がずっとマシな気がするのだ。
香穂子は同僚の話を半分聞き流しながら、曖昧に笑って相槌を打つ。
結局その話は、朝餉の時間直前にまで及び香穂子たちは慌てて部屋を後にした。
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やがて陽は傾き始め、まったりとした昼見世の時刻は過ぎて廓は本来の賑わいを見せ始める。
香穂子はこの時間が憂鬱でたまらない。
夜見世が始まると途端に客足が増えるからだ。
清掻きの音を響かせ、予約で一杯になる売れっ妓たちを除いて遊女たちは張り見世につく。
色鮮やかな仕掛けを羽織った彼女たちが並ぶ紅殻格子の中は、とても華やかだ。
その座る位置は指定されており、花代を多く稼いでいる妓から中心に左右へと座っていく。
稼ぎの少ない香穂子はあまり目立たない奥の端へ、ちょこんと腰を下ろした。
ニコニコと作り笑いを浮かべながら、心の中では誰も気付かないで・・・と、呟く。
しかし、世の中とは無情なもので――― 香穂子の数少ない馴染み客が入ってきた。
「いらっしゃいませ、仲来様」
「ああ」
楼主が恭しく頭を下げ、仲来は不遜な態度で応える。
そして、紅殻格子の方へ目を向けキョロキョロと辺りを見回した。
「・・・香穂子は居ないのか?」
「此処におります」
香穂子は席を立って仲来に歩み寄る。
ニヤリと高慢そうに浮かべるその笑みは、支配者のモノ・・・・。
香穂子はその表情が堪らなく嫌だった。
部屋へ通すと、酌もそこそこに褥へと押し倒された。
「・・・んんっ」
性急な口付けに香穂子が苦しげな声を洩らすのにも構わず、男は口内を蹂躙する。
ぎゅっと仲来の上質な着物を握る手は押し退ける事もせず、かと言って受け入れる事もしない。
―――― 否。 香穂子には元より、そんな権限などないのだ。
客が付いたら、その人のやりたいようにさせる。
もっと言えば、客さえ満足すれば良いのだ。
例え、男だけが達して娼妓はイけない身体を持て余していたとしても、男がそれで終わりだと言えば終わりなのだ。
自分を一晩買ってくれた事に対し感謝こそすれ、恨み言を云うなど言語道断。
そういう世界に香穂子は生きている。
そしてその事を理解しているからこそ、香穂子は仲来を拒絶しないのだ。
仲来もそれを承知で香穂子に色々と要求をする。
緋襦袢の帯を解かれてその紐で手を拘束された。
仲来は少し変わった性癖があり、噂は娼妓の中でも密かに囁かれている。
勿論、香穂子にとっては馴染み客の一人なので・・・・こんな行為は日常だった。
しかし、今日はそれだけで終わらなかった。
仲来は自分の腰紐も解くと、香穂子の目をそれで覆う。
「ひゃ・・・!?」
いきなり視界を遮られ、香穂子は驚いて小さな悲鳴をあげた。
「今日は少しばかり趣向を変えて遊んでみようか・・・・」
耳元で囁かれた瞬間、ゾクリと肌が粟立つ。
だが、手を拘束され視界まで奪われた香穂子には逃げる事など出来ない。
簡単に襦袢の裾を割られ、下肢を剥き出された。
一気に羞恥心が高まってカァ、と頬を紅潮させる。
そんな香穂子の様子に、仲来は忍び笑いをして宥める。
「そう硬くなるな・・・・。 今に恥ずかしがる余裕も失くしてやる」
「え・・・・?」
一抹の不安を感じて香穂子が聞き返すと同時に、何か冷たいものを下肢に塗りこまれた。
「や、あぁ・・・っ」
乾ききっているそこに、潤滑剤のヌメリを借りて指が挿入される。
塗りこめるように中の細部にまで指を這わし、その度に身体はビクリと反応してしまう・・・・。
けれど、暫くしない内に香穂子は違和感を覚えた。
「・・・な、に・・・? 熱い・・・・っ」
中に熱を感じて、じわじわと蜜が溢れてくるのが解った。
塗られたものが唯の潤滑剤ではない事に気付き、恐怖から身体が震えだす。
本来、見世では薬の使用は禁じられている。
それが無害なものであろうともなかろうとも。
しかし、当人たちが口外しなければ表沙汰にはならない問題なので、実際は黙認されていた。
客を失う事に恐怖する娼妓は見世側に報告などしないし、悪い客はそれを逆手に取って使ってくるのだ。
――――仲来も、その客の一人だったらしい・・・・。
香穂子はまさかこんな事になるとは夢にも思わなかった。
確かに、自分の馴染み客はみんなお世辞にも優しいとは言えない様な人たちだ。
けれど、誰も薬まで使う者は居なかった。
未知の領域で恐怖するばかりだが、不意に仲来の指が中でクッと曲がる。
「あ―――ッ・・・」
香穂子は大袈裟なくらいに身を反らし、嬌声をあげた。
中はつい先程まで乾いていたのが嘘のようにグチュっと淫らな水音が響く。
それはもう潤滑剤の所為ではない事が明白だ。
「そんなに悦いか? ならば・・・・」
仲来は埋めている指を抜くと、今度はそこに自身を宛がった。
だが、一向に入ってこない仲来を香穂子は縋るように見上げる。
「欲しいなら、ねだりなさい」
「・・・・・っ」
その言葉に忘れかけていた羞恥が蘇ったが、襲い来る熱にそれすらも溶けてしまった。
「仲来様の、大きい・・・・を・・・私に、挿れて下さい・・・・」
「良いだろう・・・。 いくよ」
仲来は傲慢そうに微笑み、宛がったそれをグッと奥へ進める。
「あぁ・・・っ・・・もち、いい・・・っ」
漸く得られた快感が勝って理性などない香穂子は、自分が何を言っているのかさえ解らなくなっていた。
それは薬の所為もあるけれど、半分は香穂子が望んでいた事だ。
目の前の快楽さえ追っていれば・・・・その瞬間だけ、あの人を忘れられるから・・・・。
二年前の恋心を抱いていても仕方ないのに、未だ昇華しきれない想いがある。
その想いは昨夜あんな夢を見てしまったお陰で、また大きく膨らんでしまった。
香穂子はそんな気持ちを払拭させるかの様に行為に没頭する。
「ああぁっ・・・仲来様・・・仲来さまぁ・・・!」
ひたすらに彼ではない名前を叫び、縛られた手を精一杯伸ばして、その身体にしがみ付く。
記憶の中で嗅いだ香りとは違い、これが現状なのだと自分に言い聞かせた―――。
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★あとがき★
今回は香穂子の日常です。
まだ柚木の事が忘れられず、悪循環ですね。
この話は原作無視な上、ご覧の通りネタがネタなので、柚木ではない男(オリキャラ)に
香穂子が抱かれていますので、ご不快に感じる方にはこの先おすすめできません。
・・・・って、言うの遅いですね(汗)