小さな悩み







「・・・ねぇ、お前さっきから何やってるの?」

下校時刻になり、いつも通り香穂子と正門前で待ち合わせをし、二人で送迎の車に乗り込んだまではいい。

けれど、柚木の隣に座っている香穂子はずっと自分の毛先を気にして弄っているのだ。

何か問いかければ返答はするものの、会話が途切れるとまた髪を触りだす。

いい加減、柚木も詰まらなくなって嘆息交じりに香穂子に聞いた。

「私の髪ちょっと傷んでるんですよ。 だから枝毛を探してて・・・」

「枝毛?」

「あ、知りませんか? 先が何本かに分かれちゃってる毛の事ですよ」

「ふぅん・・・見たことないな」

そう言って柚木も自分の髪を指先で弄ってみる。

指に髪を絡めるとサラリと解けていく。

それを見た香穂子は信じられないモノを目撃したかのように目を見張ってそのままフリーズした。

けれど、それも数秒の事で直ぐに我に返ると柚木に詰め寄った。

「ズルイ!! 先輩は男の人なのにどうしてそんなに髪が綺麗なんですかっ!?」

凄い剣幕で接近してくるから思わず柚木は後ずさる。

「何だよ、いきなり・・・・」

「いいなぁ・・・髪サラサラで。 見たところ枝毛もないし・・・・」

香穂子は自分の髪と柚木の髪を触り比べて落ち込んだ。

「何か特別なお手入れしてます?」

毎日一時間以上はかけて髪の手入れをしていても、一向に枝毛はなくならないし髪も少し傷んでいる。

だから香穂子としては是が非でも知りたい情報だった。

「残念ながら、特に何もしていないよ」

「・・・・・そうですか・・・」

「髪質の問題なんじゃないのか?」

そう言われてしまうと、もうどうしようもなくなってしまう。

ますます気落ちしていく香穂子に柚木は溜め息をついた。

「・・・そこまで落ち込む程の事か?」

「落ち込みますよ! サラサラな髪は私の―――女の憧れなんですっ!」

キッと柚木を睨み上げると、また香穂子は俯いてシュンと沈んだ。

柚木はくだらない、と小さく呟いたがふとある事を思いついた。

「手入れの仕方は教えてやれないけれど、シャンプーならうちにあるやつを使う?」

「・・・・シャンプーなら殆どのものを試しました」

香穂子は拗ねて柚木の方を見もせずに答えた。

「俺が市販のものを使うとでも? ・・・って言っても貰い物だけど。
 うちの取引客の一人がヘアサロンの社長でね。 毎年シャンプーを送ってくるんだよ。
 日本では市場販売されていないものだから使っているのは柚木家だけだし」

「ヘアサロンの社長って・・・・そのシャンプーの性能は良いですか?」

香穂子は俯いていた顔をばっと上げて、柚木を見た。

「まぁ、向こうも大手会社だし。 悪くはないんじゃないか?」

「そのシャンプーって・・・・」

頂けないですよね?、と言うよりも早く柚木が口を開いた。

「もう在庫がなくてあげる事は出来ないが・・・・そうだな、貸し出しならOKだぜ」

「貸し出し、ですか?」

頭上に「?」マークが浮かぶくらい、柚木の言っている意味が解らない。

けれど、口角が吊り上っていかにも意地悪そうな表情の柚木を見るとあまり良い事ではなさそうだ。

「今日は家に誰もいないし、風呂なら使用できるからな」

「は!?」

「それが嫌ならシャンプーの件は諦めろ」

「・・・・何ですか、それは・・・」

柚木の言葉に頭痛を覚えて香穂子は頭をおさえる。

確かに諦めればいい話なのだが、折角のチャンスを逃すのも惜しい気がする。

悩んだ末、一回くらいなら・・・という考えが支配する。

けれど、なかなか踏ん切りもつかなくて思考が堂々巡りするだけだ。

「遅い、時間切れ。 そのまま自宅へ向かってくれ」

柚木は多少イラついた口調で運転手に告げた。

「せ、先輩!!」

「うるさい。 待たされるのは嫌いだって前にも言っただろ?」

香穂子の抗議もピシャリと跳ね除けられてグッと押し黙る。

そのまま自分の家が風景と一緒に流れていくのをただただ眺めているだけだった。






**********






「・・・・で? 何で先輩もお風呂に入ってくるんですか?」

香穂子は心底恨めしそうな声を柚木に向けて、けれど背中を向けて浴槽に入っていた。

その隣で柚木はシャワーを浴びている。

「自宅の風呂へ入るのにいちいち了解がいるのか?」

「今は私が入っていたんですよ!」

そう。 香穂子が先に風呂を促されて使っていたら、途中で柚木が入ってきたのだ。

当然、何も身に纏っていない香穂子は慌てて柚木に背中を向ける形で浴槽に逃げ込んだ、という訳である。

「別に今更恥ずかしがる仲でもないだろ」

結局先にシャワーを使い終わってしまった柚木は、いつまでも湯船に浸かっている香穂子を抱き上げた。

「ひゃあっ!」

香穂子を自分の前に座らせると、シャンプーを手に取って香穂子の髪に馴染ませる。

「特別に俺が洗ってやるよ」

「いえ、丁重にお断りします!」

そう言って立とうとしたが上から柚木に押さえつけられて動けなかった。

「人の親切は素直に受けるものだよ。 ね、日野さん?」

優等生モードで耳元に囁く柚木に、香穂子は本能で危険を感じ取ってコクコクと頷く。

「素直なお前は可愛いね」

脅しといて何を言う、というセリフは胸にしまっておく。

そして、柚木は香穂子の髪を洗い始めた。

まるで美容師に洗って貰っているかのような心地よい感覚にうっとりと目を閉じる。

香穂子の警戒心はもうすっかり解れていた。

シャンプーをシャワーで洗い流した時には香穂子も上機嫌だった。

「ん〜、いい香りー・・・」

まだ濡れている髪を手で梳いたり、匂いを嗅いだりしている。

柚木もそんな香穂子を見て、嬉しそうに微笑んでいた。

「ご満足? お姫様」

「はい! ありがとうございますっ」

「そう、良かった。 それじゃあ・・・」

柚木の綺麗な笑顔がふと悪辣なものに変わった。

「お礼は身体で払ってもらおうか」

え?、と思った時には遅く、腰に腕を回されて唇を奪われた。

初めは触れるようなキス。 それが徐々に深くなっていく。

「んっ・・・んん・・・っ・・・」

くちゅくちゅというシャワーとは違った水音が風呂場に響く。

互いが互いを求め合うように舌が絡まる。

柚木はゆっくりと口付けを解くと、今度は香穂子の首筋に顔を埋めた。

首筋から、鎖骨へと唇を滑らせて紅い所有印を付ける。

やがて、胸の突起に辿りついて香穂子の身体がビクッと反応を示す。

「あぁっ・・・ん、やぁ・・・っ声、が・・・!」

いつもより響く自分の甘い声が恥ずかしくて口を塞ぎたい気分になる。

けれど、柚木がそれを許すはずもなく更に香穂子を追い詰めていく。

「俺以外誰も聞いてないから、もっと声だせよ・・・」

突起を舌で嬲りながら、空いている手を下へずらして花芽を探る。

敏感な二点を集中して攻められ、香穂子はもう何も考えられず柚木に翻弄されるだけだった。

声を抑えることを忘れ、純和風の広い風呂場には淫らな水音と香穂子の甘い嬌声だけが占める。

「ん、あ・・・っは、ああぁんっ」

とろとろと蜜が溢れて太腿を伝う。 もっと柚木が欲しくて、足りなくて香穂子は自分から強請った。

「も・・・我慢できな・・・・・・・先輩、お願い・・・」

「いいよ、おいで・・・」

柚木はそう言うだけで座ったまま動かない。

香穂子が戸惑いの眼差しを向けると、その腕を引いて自分の身体を跨がせた。

「そのまま腰を下ろして。 自分で入れてごらん」

「そんなっ・・・出来ない・・・!」

初めての事で半分パニックを起こす香穂子を柚木はキスで優しく宥める。

「大丈夫、怖くないから・・・出来る所まででいいから、ね? 香穂子」

子供をあやす様にゆっくりとした口調で言うと、幾分か落ち着きを取り戻した香穂子は小さくコクリと頷いた。

「・・・ふっ、う・・・ぁ・・・っ」

徐々に腰を下ろして香穂子の中に柚木の昂ぶったモノが次第に飲み込まれていく。

香穂子は苦しげな息をついて、更に腰を進めていく・・・・・が、半分入った所でストップしてしまった。

「は・・・もぉ、無理・・・・」

眉間をぎゅっと寄せて、柚木の肩に置かれた指先は力んで白くなっている。

「仕方ないね。 じゃあ、力を抜いて」

柚木は手を香穂子の腰に添えて勢いよく貫いた。

「・・・・っ、ああああぁっ!」

弓なりに反らせた背を柚木は片手で支えて、露になった白い首筋にもう一度自分の印を付ける。

香穂子の強い締め付けを感じながら柚木は激しい挿入を繰り返す。

「あっ、あっ、やっ・・・イっちゃ、う・・・!」

「いいぜ、イけよ」

最奥を突くと香穂子は一際高い声で啼いて、更に柚木を締め付けた。

「・・・・っ!」

その刺激に柚木も一瞬眉を顰める。

力の抜けた香穂子の身体は柚木の肩に凭れて大きく息を乱していた。

「・・・まだだ、香穂子。 まだ放さないよ」

柚木は耳元で低く囁くと上下に弾んでいる肩をぎゅっと抱き寄せた。






*********






「ほら、いつまでも拗ねてたら可愛くないぜ?」

上機嫌な声で柚木は布団の中で、香穂子のサラサラになった髪を弄りながら言う。

けれどその隣で寝ている香穂子は、柚木に背を向けて不機嫌極まりない声でそっけなく答える。

「・・・・・どうせ、もともと可愛くなんかないですから」

「あっそ。 不憫だね」

香穂子の小さな反抗は綺麗にスルーされる。

それも気に入らないが、もっと納得出来ない事を柚木にぶつけた。

「・・・今日が土曜日でまだ良かったですけど、お母さんに叱られたら先輩の所為ですよ?
 私は無断外泊なんてこれっぽっちもする気がなかったんですからね!」

「あぁ、それで怒っていたの? なら、問題ないよ。
 昨日お前が気絶したあと家の方にはちゃんと連絡しといたから」

確かに、世間では優等生で通っている柚木にしてみればそれは朝飯前だろう。

それに一目見た時から柚木を気に入った母ならば歓迎さえしてくるに違いない。

それもそれで何か釈然としない。

怒る理由をなくしても未だに不貞腐れている香穂子を見ていると、柚木も何かしてやりたくなる。

柚木はおもむろに寝室から出て行き、そしてすぐ戻ってきた。

「はい、お詫びにこれをやるよ」

けれど、言葉とは対照的に全然すまなそうな顔はしていない。

怪訝に思って、香穂子は目の前に置かれたボトルを見た。

それは、在庫がないと言われた例のシャンプーだった。

しかもご丁寧にリンス付きで。

「し、信じられない! 騙したんですかッ!?」

今度こそ憤慨した香穂子に、柚木は意地悪な表情で言い返す。

「簡単に騙されるお前が悪いんだよ。
 まぁ、そのお陰で俺は随分と楽しい思いも出来たし、香穂子も気持ちよかっただろ?」

柚木の言葉で昨日の事情をリアルに思い出してしまい、香穂子の頬は瞬時に紅く染まった。

何か言い返してやりたくて、つい思ってもいない事を言ってしまった。

「き、気持ち良くなかったですっ!!」

その一言に目を細めて悪辣に微笑む柚木は最高に恐ろしい。

「香穂子はそんなに家へ帰りたくないんだ? なら、ご希望通り今夜も泊まらせてやるよ」

再び柚木に組み敷かれた香穂子は自分の咄嗟の発言を深く後悔したのだった。













*********

★あとがき★

この前のは香水の移り香で、今度は同じシャンプーの香り。
やっぱり、このさり気なく・・・ってのが萌えですよね〜。



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