嫉妬 と 独占欲
朝、いつものように柚木の車で登校した香穂子は校舎が別なので生徒玄関前で彼と別れた。
靴から上履きに履き替えている所で、後ろからバシッと無遠慮に背を叩かれる。
「おっはよー、香穂! 相変わらず例の王子様とお熱い事で!!」
「おはよ、天羽ちゃん」
振り向けば香穂子の親友である天羽菜美がそこに居た。
『例の王子様』とは間違いなく、学院の貴公子兼恋人でもある柚木梓馬の事だろう。
「・・・熱いって・・・。 音楽科と校舎違うし、学校で会えるのは登下校時間と昼休みくらいだよ?」
香穂子は苦笑しながら下駄箱のロッカーを開けると、中からヒラリと何かが落ちた。
「ん? 手紙・・・?」
香穂子は足元に落ちた白い封筒を拾い上げる。
後ろを見ても差出人が記載されていない。
「・・・・もしかして、柚木教信者の呼び出し文かなぁ?」
一抹の不安を覚えた香穂子は呟くと、天羽は同情の眼差しで見つめた。
「あぁ、有り得る。 とりあえず、読んでみなよ」
「・・・うん」
香穂子は天羽に促されて、封筒を綺麗に破って手紙を取り出す。
読み始めてから3分が経過した。
「・・・・・・・」
香穂子は真っ赤に顔を紅潮させて、まじまじと手紙を読み返す。
天羽はそれを横目で見て、気まずそうに口を開いた。
「ゴメン・・・。 呼び出しかと思って読んじゃったけど、それ・・・間違いなくラブレターだよ・・・」
手紙の内容はこうだった。
先月行われた学内コンクールで香穂子に一目惚れし、柚木と付き合っている事も知っているが想いだけでも伝えたい・・・と。
そして放課後、事前に予約してある練習室に来て欲しい・・・との事だった。
「香穂、行くの?」
何処に、と聞かずとも解った香穂子はコクリと頷いた。
「話だけでもって書いてあるし。 ・・・・ちゃんと断りに行くよ」
香穂子の律儀な答えに天羽は苦笑する。
「そっか。 でも、柚木先輩にはバレないようにね? そういうの理解ありそうな人だけど念のためにさ」
天羽の何気ない一言で、香穂子は忘れていた重大な問題点を思い出した。
ラブレターに気を取られて失念していたが、この事をもし柚木に知られたら・・・・・・・。
考えれば考えるだけ、恐ろしい想像が頭をよぎる。
「天羽ちゃん!! この事は絶対に誰にも言わないで! 絶ッッッ対にだよ!?」
「えっ? あ、うん・・・りょ、了解・・・」
香穂子の尋常ならざる状態に半ば気圧されて天羽は頷いた。
そして、脱兎の如く教室へと駆けて行く香穂子の背中を呆然としながら見送る。
「・・・・何、どうしちゃったわけ? あの子・・・」
一人廊下に残された天羽はポツリと小さく呟いたが、それを聞く者は誰も居なかった。
****************
同時刻、3−B組―――。
香穂子と生徒玄関前で別れ、教室に入った瞬間待ってましたと言わんばかりの女子達に周囲を囲まれた。
「お早うございます、柚木サマ!」
「柚木くん、おはよう」
四方八方から聞こえる挨拶に、柚木も笑顔で挨拶を返す。
内心ではうんざりと溜め息を吐けば、遠くでその光景を見ていた火原と目が合う。
彼も柚木が来た瞬間に挨拶をしようと思ったのだが、女子のあまりの多さに圧倒され二の足を踏んでしまったようだ。
柚木は苦笑しながら火原に手を振ると、それが嬉しかったのか彼は千切れそうなくらいの勢いで手を振り返す。
まるで人懐っこい大型犬の様な親友を見ると、荒んでいた柚木の心はだいぶ和らいだ。
けれど、少しだけ直った機嫌は次の瞬間地へと落とされる。
それは今まで窓際で話していた男子たちの所為だった。
「えぇっ・・・日野って学内コンクール優勝者のあの子だろ!?」
「馬鹿! 声が大きいっ!!」
言う程大きな声ではなかったが、柚木の耳に届くには充分な声量である。
それを危惧したもう一人の男子が慌てて彼の口を制し、柚木の方を確認するとバッチリと目が合ってしまった。
柚木は使い慣れた笑顔でにっこりと微笑むと、彼らの居る方へ歩いていく。
柚木自身は隠しているつもりだが、それでも抑えきれない黒いオーラがちらちらと垣間見えている。
今まで煩いくらいに話しかけていた女子達は、横を素通りされても誰一人として柚木を止める者は居ない。
遠目で見ていた火原でさえも固まっている。
しかし、今の柚木にそれらを気にする余裕などなく、香穂子の名が他の男の口から出るのが許せなかった。
「・・・さっき、香穂子の話をしてたよね? もし良ければ僕にも聞かせて貰えないかな・・・?」
柚木は態と『香穂子』の部分を強調して言う。
そいつは俺の女だ、という意味を込めて。
男は明らかに狼狽し、けれどなかなか口を割らない。
柚木は表情にこそ出さないものの、内心では苛つき舌打ちをした。
作戦を変えて、今度は誘導尋問を試みる。
「僕には言えない事なの? ・・・もしかして、彼女の悪口とか・・・」
十中八九違うと思いながらも、悲しげな表情を作る。
案の定、男は直ぐにそれを否定した。
「違う! 俺はただ日野さんに想いを伝えたくて手紙を―――・・・っあ!」
計画通り暴露した事にほくそ笑むが、同時にどす黒い感情も増す。
「手紙? まさか、香穂子を呼び出して告白・・・なんて事しないでしょう?
君は僕と彼女が付き合っている事を知っているしね」
「そ、それは・・・」
男が口篭ると、柚木は釘を刺すように畳み掛ける。
「告白、しないよね?」
冷めた目で見遣ると、男は萎縮してコクコクと何度も頷いた。
虫を一匹排除できたのは良いが、所詮はこの程度の気持ち・・・・・。
あまりの不快感に柚木は一瞬だけ眉をひそめる。
自分の想いの足元にも及ばないくせに、人のモノを横から奪おうなどとは不愉快極まりない。
これ以上、この男の顔を見ていたくなくて『なら、良かった』と笑顔で言うと、早々に自分の席へついた。
****************
「・・・失礼します・・・」
放課後になり、香穂子は呼び出された通り練習室に足を運んだ。
「思ってたより早いじゃないか」
中から聞こえたのは聞きなれた―――けれど、冷たい声だった。
いや、声だけでなく香穂子を見る視線も刺々しい。
何で柚木が此処にいるのか、などの疑問は頭に浮かぶけれど柚木の怜悧な態度が怖くて声がでなかった。
「どうして此処へ来た?」
「どうしてって・・・・呼ばれたから・・・」
問われて、香穂子も掠れた声で返答する。
「あの手紙、先輩が書いたんですか?」
「そんな訳ないだろ」
的外れな質問に柚木は呆れ、即答で否定した。
「あれは俺と同じクラスの奴が書いたんだよ。 お前こそ何で此処に来た? 来ないって選択肢もあるだろ」
柚木は言いながら香穂子との距離を縮めていく。
後ずさった香穂子の背に扉がぶつかり、柚木はその鍵を内から掛けた。
ガチャリ、という無機質な音が静かな室内に響き渡る。
「・・・もしかして、俺からアイツに乗り換えるつもりだった?」
「な・・・! 違っ・・・」
あまりの言い草に香穂子も怒り、柚木を見上げると唐突に唇を奪われた。
それはいつもの包み込む様な優しいものではなくて、噛み付くような激しいキスだった。
香穂子は腕を突っ張って柚木の胸を押し返そうとするがビクともせず、逆にその腕を取られて頭上に纏められる。
柚木は片手で香穂子の両腕を押さえて、もう片方は顎を固定する。
「んっ・・・んん・・・っ」
身動きの取れない香穂子は次第に息が苦しくなり、口を少し開けばそこから柚木の舌が侵入してきた。
歯列をなぞり、角度を変えて何度も口腔を貪る。
段々と足に力が入らなくなり膝が震え、ぎゅっと柚木のブレザーに縋ると漸く口付けを解く。
「男と密室で二人きりになるのがどういう事か解らせてやるよ・・・・」
そう言うと香穂子の身体を床に押し倒すと、首筋に顔を埋めた。
手は香穂子の制服を乱し、背中にあるホックさえも取り外してしまう。
「やっ・・・嫌ぁ! ゆの、き・・・先ぱっ・・・」
あまりの性急さに驚いた香穂子は必死でもがいたけれど、柚木は乱暴に自分のタイを解いて香穂子の腕を縛る。
普段の甘い雰囲気は微塵もなく、冷ややかに見下ろす柚木が香穂子は怖いと感じた。
恐怖で萎縮した香穂子はもう抵抗する様子は見せず、眦にはうっすらと涙を浮かべて小刻みに身体を震わす。
「ねぇ、香穂子・・・俺が怖い? 嫌いになった?」
柚木は親指で涙を拭うように香穂子の頬を掠める。
問いかけた言葉に自嘲的な笑みを零し、傷ついた瞳をしている彼を香穂子は嫌いになれる訳がない。
それをきちんと伝えたかったけれど、その前に柚木の顔が香穂子の下肢へと沈む。
白い腿を左右に割り、下着を引き下げて柚木の吐息が直接かかる。
「や、待って・・・っ」
香穂子は身を捩って逃げを打つが、柚木はそれを許さず再び腰を引き寄せた。
「ああぁっ」
湿った感覚が下肢を襲い、香穂子はビクンと身体を弾ませる。
ぴちゃぴちゃという卑猥な音が室内に響き、手が自由に動くならば今直ぐ耳を塞いでしまいたい。
「んあ・・・あぁっ・・・せ、ぱ・・・っ」
「んっ、もういいかな・・・」
顔を上げた柚木の口元には銀糸が引き、蜜がてらてらと光っている。
そして、香穂子の充分に潤っているそこに己を宛がうと一気に押し入った。
「ひゃ、あああああぁ―――・・・・っ」
「相変わらず、キツいな・・・っ」
柚木は柳眉を寄せて小さく呻く。
腰を少し揺すって中に全て収めると、落ち着いたように息を吐いた。
けれど、それも一瞬で柚木は直ぐに動き始める。
「あっ、先輩・・・! ―――まだ・・・っ」
これが初めてという訳ではないけれど、そこまでこの行為に慣れている訳でもない。
なので、突然動かされると中が少しだけ引き攣って多少の痛みが生じる。
柚木もそれを解っている筈で、いつもは繋がってから数分の間を空けていたが、今回は容赦なく突き上げる。
「んっ、あ・・・あっ・・・そんな、にしたら・・・・っ」
「壊れればいい・・・っ 他の奴を気に掛けるなんて、許さない―――!」
唸るように掠れた声で呟くと、柚木は一層激しく香穂子を攻め立てた。
香穂子を気遣わない荒々しい律動を繰り返し、離さないという様にその身体をかき抱く。
「香穂子・・・香穂、香穂・・・・ッ!」
ズンッと最奥まで貫くと、香穂子は強過ぎる衝撃に背を撓らせると一際高い声で啼いた。
「あ・・・やっ、ア―――・・・・っ!」
絶頂を迎えると急に身体を弛緩させ、意識が次第に遠のいていく。
瞼を開けている事さえ困難で視界がやがて闇に支配される。
その心地が良い感覚に身を委ねる直前、小さく『ごめん』と謝る声が聞こえた。
弱々しいその声は柚木のものだと直ぐに解ったけれど、疲れきった身体は簡単に意識を手離してしまった―――。
******************
あれから、どのくらいの時間気を失っていたのだろう。
香穂子は優しく髪を撫でる手の温もりで目を覚ました。
乱れていた筈の制服はきちんと着ていて、汗もちゃんと拭いてくれたようだ。
さっきまでは乱暴だったくせに、そういう細かい所まで気を遣う柚木が可笑しくて・・・・とても愛しいと思う。
「ごめん、痛かった・・・・?」
不意に柚木が口を開く。
口調は問い掛けのものだが、それはどうやら独り言らしい。
「あの時は本気で壊すつもりで抱いたから。 お前を他の男に取られるくらいなら、俺の手で壊した方がマシだ・・・・」
それは柚木の、紛う事なき本音だった。
香穂子は柚木のされるがまま、瞳を閉じて静聴する。
「香穂子には俺より相応しい相手が現れそうだけど、俺はお前じゃなきゃ駄目なんだよ・・・」
香穂子はその言葉を聞いて、思わず吹き出してしまった。
「私も柚木先輩じゃなきゃ駄目ですよ」
閉じていた瞳を開けて柚木を見つめると、柚木も香穂子を見つめたまま驚いている。
「お前、いつから・・・・」
『起きていたのか』、と途中で切れた言葉に続くものを予想して、香穂子は『初めからです』と答えた。
「・・・・サイアク」
柚木は決まり悪そうに片眉を寄せて、頬は気恥ずかしさの所為かほんのりと紅い。
それを隠すために顔を背ける様子が可愛くて、香穂子は再び吹き出す。
「先輩、可愛い・・・」
「うるさい。 黙れ」
いくら凄んで見せても、香穂子の目にはやっぱり可愛く映ってしまい、調子に乗って柚木に抱きつく。
「ふふっ、愛してます・・・梓馬さん」
いつもは恥ずかしがって呼ばない名前も自ら言い、甘えるように柚木の肩口に頭を摺り寄せた。
柚木は何かを言いかけて息を飲むが、やがて深い溜め息を吐く。
「・・・・お前が煽ったんだぜ? 香穂子」
「えっ? そ、そんなつもりじゃ・・・っ」
慌てて身を引くと、香穂子の腰にはしっかりと柚木の腕がまわっていた。
「自業自得だ。 幸い家族は今いないし、家に来いよ」
「明日は学校が!」
「ないだろ。 今日は金曜日なんだから」
「お、お母さんが早く帰れって・・・!」
「俺が連絡しとくから、心配するな」
「うっ・・・」
思いついた最もらしい言い訳は全て柚木によって一蹴されてしまい、香穂子は新たな言い訳を考える。
しかし、何も思いつかず・・・・香穂子は本音を暴露した。
「恥ずかしいんです! それに、さっきもしたばかりだし・・・・」
今度は香穂子が顔を紅くして、俯いてしまった。
すると柚木は、香穂子の額に口付けて耳元で囁く。
「・・・可愛いよ、凄く。 だから俺は何度でもしたいんだけど、お前は嫌なの?」
問われて、香穂子は素直に首を横に振る。
いつの間にか形勢が逆転し、柚木も普段の余裕を取り戻していた。
「じゃあ、問題ないよね?」
小さい子供に問いかける様な口調で言うと、香穂子はコクリと小さく頷く。
それを見て柚木は自然に笑みを浮かべる。
「俺も愛しているよ。 ―――誰にも渡したくないくらいに、な・・・」
態度で示すように香穂子をぎゅっと抱き締めた。
自分のこの想いが彼女にも伝わればいいと願いながら・・・・・・。
完
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★あとがき★
余裕のない柚木さんを書きたくてやったら、こんなのになっちゃいました(汗)
しかも、長〜・・・。
分けるのも話的に微妙だったので結局一括まとめて。
もうちょっと、文を短めに書かないとなぁ・・・・。
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