惜別の想い








どんなに喧嘩しても・・・・




どんなに意地悪されても・・・・





ずっと、ずっと―――貴方が好きでした―――・・・。







『忘れないで』とは言わない。




でもね、時々は思い出して。




私っていう人間が居た事を、どうか貴方の記憶の片隅に・・・・・・・・。










いつもの正門前。 そこにはもう先輩の姿があった。

傘で表情までは見えなかったけれど、雰囲気が何となく機嫌悪そうに感じた。

これ以上先輩の機嫌を損ねる訳にもいかないから、先刻まで一緒にいた土浦くんに別れを告げて急いで駆け寄る。



「柚木先輩っ! 遅れてすみませんでした!!」


顔を上げた先輩を見るとやはり不機嫌で、冷ややかに私を見下ろすだけ。


「俺と居るより土浦にでも送ってもらったら?」

「えっ・・・?」



私が尋ねるより早く柚木先輩は目を逸らし、足早に校門を出て行く。

私もその背中を追うけれど、隣には並び難くて・・・その一歩後ろを保ちながらついていく。



「そ、そう言えば・・・今日は車じゃないんですね?」

「雨の日で道が混んでるらしいから途中まで歩くだけだ」

「そうなんですか・・・・」



必死で見つけた会話もほんの数秒で終わってしまい、再び気まずい沈黙が起こる。

けれど、それ位ではめげずに新たな会話の糸口を必死に探していると先輩が不意に振り向く。

足までピタリと止めるものだから、危うく衝突しそうになった。



「わ!? 急に止まらないで下さい!」


しかし、私のそんな文句は見事に流されて逆に柚木先輩が口を開く。



「お前さぁ・・・。 本当に俺の事が好き?」

相変わらず冷めた目で見つめられ、一瞬言葉が出なかったが直ぐ我に返ると強く頷いた。

「当たり前じゃないですか」


そう言うと、柚木先輩は冷笑を浮かべる。


「それは何で? ・・・・・・俺が 『柚木』 の家系だから?」





―――本当はここで気付くべきだった。

そう言った後の柚木先輩の瞳が後悔してた事に・・・・・。

だけど、その時は私も頭に血が上って、そんな余裕など無かった―――。





「―――っ、馬鹿にしないで!!」



叫んだ私の声は大通りに響き渡り、通行人の誰もが振り返った。

普段、先輩に対して使っている敬語さえも話せない。

ただ悔しくて、悲しくて・・・・頭の中がグチャグチャで何も考えられなくて。



「家とか関係ないっ・・・先輩が先輩だから好きになったのに・・・っ!」



そんな風に思われていたなんて、凄くショックだった。

柚木先輩にとって、自分も先輩を取り巻く女の子の中の一人だったと思うと、遣り切れない気持ちが沸いてくる。


「―――もう、いい・・・」


この場に居たくなくて思いっきり駆け出す。

目の前には青信号の交差点が見えて、そこに踏み込んだ瞬間、黄色の眩しい光が私を包んだ。

周りが全てスローモーションに見えて、辺りの喧騒も遠ざかり、私だけが空間から切り離された様な感覚を覚える。


何故か凄く眠くて、だるさに身を委ねていると先輩の声が聞こえた。

小さな声だけれど確かに呼ばれているから、重い瞼をゆっくりと開ける。

けれど、霧がかかったように一面真っ白で柚木先輩も何も見えない。


先輩、どこ?・・・と尋ねた声は音にならなくてヒューっと息だけが咽を通った。



「香穂っ、香穂子・・・! 俺は此処にいるから・・・・・っ」



出しかけた手をギュッと強く握られ、柚木先輩の存在を今度はちゃんと感じる。


「せ、ぱい・・・ごめ・・・ね・・・」



呂律が上手く回らないのが腹立たしいけど、先程の荒んだ感情が今では嘘のように凪いでいた。

雨で冷え切った私の頬に一粒の温かい雫が落ちる。



「何で・・・お前が謝るんだよ・・・っ?」



それは最期だと自分で理解しているから。

今、言わなければ・・・・もう二度と謝れないから。

言葉に出せない代わりに微笑みでその質問に答える。

それが先輩に伝わったのか、私を抱く腕の力が更に強くなった。



「逝くな! ・・・・俺を置いて逝くな・・・っ!!」



あの柚木先輩がまるで小さい子供のように懇願し、縋りつく。

洗練された白いブレザーが血で染まるのも気にせずに。

私もその背を抱き返したいのに、もう指先さえも感覚がない。

目だって霞んでよく見えない。

だけど、今の気持ちだけは伝えたかった―――。

息を吸って言葉を紡ごうとした時、咳と共に大量の血が口角から溢れる。



「・・・っ!? 香穂子、もういい! 頼むから、もう喋るな・・・!!」



先輩の言葉に私はゆるく首を振った。

どのみち、出血が多すぎて助からない事は解ってる。

今から病院に行ったってそれは変わらない。

だから、最期に――――。



「先ぱ・・・・す、き・・・・愛・・・して・・・・、・・・す・・・」


私はちゃんと笑えている?

柚木先輩はどんな顔で私を見ているの?

そういう疑問ばかりが浮かんで、死に対する恐怖なんて何もなかった。

―――本当はまだ死にたくなんてない。 先輩ともっと一緒に居たい・・・。

その想いは尽きないけれど。

貴方が私を抱き締めて 『愛してる』 って応えてくれた。

これだけで私は幸せなんだよ・・・・?







『忘れないで』なんて言わない。



でもね、時々は思い出して。



貴方を本気で愛してる人間が此処に居たっていう事、思い出して。





貴方の記憶の片隅に、どうか私を生かして下さい――――。











**************

★あとがき★

ごっ、ごめんなさい・・・!!!(いきなり何)
ちょっと死にネタやってみたかったんです・・・・(汗)
『やってみたかった』で、香穂ちゃん殺してごめんなさい!
柚木さんもゴメンね・・・・。
謝りついでに、もう一つ。(ぇ)
この設定で柚木さん視点の話もあります。
心の広いお方はどうぞご覧下さいませ。


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