Retaliation
「さぁ、日野さん。 どうぞ車に乗って?」
平日の午後6時、学校の正門前で私はこの状態をどうやって切り抜けようかと考えていた。
周りは嫉妬と羨望を含んだ敵意剥き出しの視線。
目の前には優しげに微笑んだ先輩と、私に向かって扉の開かれた黒塗りのリムジン。
『何、あの子・・・柚木サマと一緒に帰るの?』
『身の程を知らないって怖いよねー』
明らかに、私に聞こえるように言っている。
・・・・あぁ、もう。 これだから柚木先輩と帰るのはイヤ。
唯でさえコンクールの事で浮いているのに、先輩と一緒に居るってだけでも目を付けられる。
そもそも、私は一緒に居たくて居る訳じゃないのに。
・・・って、こんな事を言った日には柚木先輩の親衛隊の方々に何をされるか解ったものじゃないけれど。
もうこれ以上、目立つのは勘弁したい。
なので、ここはハッキリと先輩に告げる事にした。
「あの、柚木先輩。 すみませんが―――」
全て言い終わらない内に先輩が言葉を被せる。
「もしかして、君は僕なんかと一緒に帰りたくなかった・・・・? 迷惑、だったかな・・・?」
先輩はそう言って、悲しげに目線を落とした。
やばい、と思った時には遅くて・・・・。
『柚木サマのお誘いを断るなんて最低な子ね!!』
『ホント、何様のつもりなのかしら?』
先輩の表情を見た信者の人たちは、より一層私に剣のある瞳を投げてきた。
「・・・ほら、早く乗らないと増々体裁が悪くなるだけだぜ?」
私だけに聞こえる音量で囁いた先輩の顔は悲しげな表情のままだった。
だから、遠巻きに見ている人たちは先輩が脅迫まがいな台詞を言っているなんて夢にも思わないだろう。
「・・・・そうですね、解りました」
「良かった、それじゃあ帰ろうか。 日野さん」
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「それにしても、お前は本当に往生際が悪いね。 ・・・と言うより、学習しない奴だな」
車に乗せられて直ぐ、先輩は表向きの仮面を取り去って意地悪気な笑顔で私を見遣る。
初めは流石に驚いたけれど、今ではもう慣れてしまった。
「俺の誘いを断ろうとするのはお前くらいだよ。 まぁ、誘ったのもお前くらいだけどな」
不覚にも先輩の何気ないこの一言にドキリとしてしまう。
最近の私はおかしい。
先輩の言動ひとつひとつに一喜一憂したりして。
理由は解っている・・・・・私は、先輩が好き。
こんなに意地悪で裏表の激しい貴方だけど、本当は偽善じゃない優しさも包容力もある事を知っている。
――――だけど、悔しいじゃない。
私だけこんなに想っているのはズルイと思う。
「お前は俺のオモチャなんだから誘いを断るのは許さないよ」
ほら、またその言葉。
「・・・・私はいつになったら『オモチャ』を卒業出来るんですか?」
その言葉に先輩はえ?、と瞳を見開いた。
きっと予期せぬ返事だったのだろう。
だけど、私は構わずに言葉を続けた。
「もうオモチャじゃ嫌なんです! ・・・・先輩の事が好きだから」
「香穂子・・・!? 泣いているのか・・・・?」
先輩は頬を伝った涙を拭って、ぎゅっと私を抱き締めた。
「・・・ごめん、泣かすつもりじゃなかったんだ。 俺もお前が―――香穂子が好きだよ」
「ほん、とうに・・・?」
「当たり前だろう。 でなかったら、誰がこんなまどろっこしい真似なんてするか」
「良かったぁ・・・これで安心しました」
私はまだ流れてくる涙を拭って笑って見せた。
だから、ちょっと泣き笑いの顔になっていたかも知れない。
すると先輩も何の仮面も被ってない素の優しい笑みで応えてくれた。
「バカ。 もう、こんな下らない事で泣いたりするなよ? ・・・こっちが焦る」
「・・・はい、もう泣きません」
「そう、いい子だね」
軽く額にキスをされて、私の心はほわん、と暖かい気持ちになった。
先輩も微笑んでいたけれど、私の左手に何か握り締められているのを見て訝しんだ。
「・・・そう言えば、さっきからお前何を持って―――――目薬り?」
「あっ、バレました? で、でも・・・気持ちは嘘じゃありませんよ?」
先輩は暫くその目薬りをただ見つめていたけれど、不意に悪辣に笑った。
「そうだな・・・女性から告白するのはかなりの勇気がいる事だろうから、それは大目に見てやるよ。
だけど、俺を騙したんだからそれなりの覚悟は出来ているんだろう?」
「い、いやっ・・・でも、柚木先輩だって非はありますよ? いつも私の事を虐めるから少し仕返しを・・・・」
必死に無罪を請うが、先輩は聞く耳を持たず運転手さんにそのまま柚木家へ行く事を命じた。
命令通り、私の家は他の景色と同じ様に流れていった。
「・・・・先輩、怒ってます?」
「別に。 ただ物覚えの悪いお前には、身を以って解らせる必要があるから、お仕置きだな」
「な、何する気ですか・・・?」
「・・・さぁ? 何だと思う?」
質問を質問で返した先輩の顔は酷く愉し気だった。
その笑顔が更に私の恐怖心を煽る事は言うまでもない・・・・・。
完
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★後書き★
この「嘘泣き目薬りネタ」は従姉妹にあげたネタなのです。
まぁ、自分でもすらっと出た言葉だったので初めは気にしなかったのですがね。
だけど、従姉妹が「あっ、イイね!それで小説書こう」とか言ったのを聞いて
「・・・ん?待てよ。これは私も使えるぞ」と。