ずっと、ずっと・・・・自分の望みは叶わないものだと思っていた。

けれど それは全て自分次第だったんだ。




今、俺が望むもの。

それは君と歩む未来。

その望みを叶えるために。

―――今日、ここから始めよう・・・・。










健やかなるときも、病めるときも










婚約披露宴が行われてから、数ヶ月後。

教会の鐘が鳴り響き、俺は腕時計を確認しながら歩き出す。

君の待つ部屋に。

扉をノックすると中から香穂子の返事が聞こえ、直ぐに扉を開けた。

鏡越しに微笑む君は、とても綺麗で・・・・一瞬言葉を失う。

純白のドレスにヴェール。 そのどれもが神秘的で眩しかった。

「梓馬さん・・・・今日は一段とカッコイイですね・・・・」

僅かに頬を染める君が可愛くて、愛しくて・・・・自然と笑みが浮かぶ。

「そういうお前こそね。 俺が見惚れる程には綺麗だよ」

俺は香穂子の前まで移動し、そっとヴェールを上げる。

すると、彼女は不安そうな眼差しで俺を見上げた。

「本当に式は教会で良かったんですか? 神社で挙げる仕来りだったんじゃ・・・・」

「何を今更。 それとも、お前は教会より神社の方が良かった?」

「いえ、私は・・・・・」

「ウェディングドレス、着るのが夢だったんでしょう?」

尋ねると香穂子はコクリと頷いた。

「じゃあ、もう気にしないの」

そう言って微笑むと彼女も笑った。





本当の事を言えば、当初の予定で式は神社に決まっていたのだ。

これは家の決まり事の一つで長男の結婚の時も、姉の結婚の時も、変わらずに神社だった。

それを無理やり教会にした訳は、ただ単に香穂子がそう望んだから。

勿論、その案を通すのに苦労は大分したけれど・・・・そんな事は香穂子が知る必要なんてない。

一生に一度の挙式くらいは希望を叶えさせてやりたかったし、それで笑顔が見られるのなら満足だった。

今まで傷付けて泣かせてしまった分も、これからはその笑顔を守っていきたい。

唐突にキスがしたくなって、唇に軽く口付ける。

「と、突然なにっ・・・?」

不意打ちだったので香穂子は驚いた顔をし、手で唇をおさえた。

そんな仕草も相変わらず可愛くて口角を上げる。

「何って誓いのキスだよ」

「それは、まだ先です! ちゃんと神様の前で・・・」

憤る香穂子の言葉を遮って、その細い身体を腕に閉じ込めた。

「俺は神なんて信じちゃいないよ。 本当に信じられるのは自分とお前だけだからね。
だから、神に誓う前に・・・・香穂子に誓う」

「・・・え?」

戸惑っている香穂子の瞳を見詰めながら、俺は浮かべていた笑みを消した。

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも・・・・・
香穂子を愛し続け、この命ある限り真心を尽くし、幸せにする事を――― 誓います」

「・・・梓馬さんっ・・・」

「一生、俺がお前を守ってあげる」

「・・・あ・・・ず・・・っ・・・」

「もう絶対に泣かせたりしないから・・・・って、言ってるそばから泣くなよ」

「・・・これ、は・・・嬉し泣き、だも・・・っ」

「はいはい」

泣きながらも反論してくる香穂子が面白くて、少し苦笑する。

けれど、そのまま放っておけずにポケットからハンカチを取り出して、眦に溜まった涙をそっと拭いてやった。

「ほら、もう泣かないの。 折角の化粧が崩れるだろう?」

幼い子供をあやす様に彼女の髪を優しく撫でる。

暫くそうしていると、香穂子も段々と落ち着きを取り戻した。

気恥ずかしくなったのだろうか、俺の腕の中で香穂子はもぞりと身じろぎする。

「ご、ごめんなさい・・・あの・・・」

そんな彼女を逃すまいとして、更にギュッと強く抱き締めた。

「梓馬さん・・・ッ!!」

俺を睨み上げ、必死に腕を解こうと懸命になっている姿が可愛くて頬が緩む。

けれど、同時に何か意地悪もしたくなって・・・・・。

「お前は誓ってくれないの? 俺に」

「えっ?」

もがくのをやめた香穂子はキョトンと俺を見上げ、その表情はみるみる紅く染まっていった。

「えっと、その・・・」

「ほら早く。 まさか、そう思っていたのは俺だけだった?」

わざと唆すように言えば、香穂子は即座に首を横に振る。

「違っ・・・!」

「じゃあ、言って」

おどけて促してはいるけれど、これは本音だった。

早く香穂子の誓いを、応えを聴きたい。

晴れて結ばれた今になっても、俺自身・・・・不安で仕方がなかった。

決して香穂子を信じていない訳じゃない。

でも、ずっとずっと・・・・こんな日は訪れないと思っていたから。

だから信じさせて欲しい。

――― これは夢じゃないんだ、と・・・君の言葉で教えて・・・。







香穂子は深呼吸を一つして、再び俺を見上げた。

その瞳はとても澄んでいて・・・・吸い込まれそうなくらい美しい。

そして、俺の一番好きな笑顔を向けてくれる。

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも・・・・・
梓馬さんを愛し続け、この命ある限り真心を尽くし、いかなる時でも貴方を支える事を――― 誓います」

凛とした香穂子の応えに、漸く俺も安堵できた。

「ありがとう、香穂子・・・・」

微笑み合い、どちらともなく唇を重ねる。

それは先程の軽いキスではなく、もっと深い――――・・・・。

挙式前ではあるけれど、俺にとってこの口付けはとても神聖なものだ。

神なんて関係ない。

神が認めようと認めまいと、俺は香穂子を必ず倖せにしてみせる。

そして、俺も・・・・・。

君が隣りに居てくれれば、それだけで倖せだから。



――― 俺を選んでくれて、本当に有難う。














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★あとがき★

人生、初のお題に挑戦です。
意外にも、『忘れえぬ想い』 の未来ものをご希望して下さった方が多いので
番外編として書きました。
嬉しい限りです! 本当に有難う御座いました♪