Nightmare
「・・・ん・・・・」
暗闇の中で、俺は目を覚ました。
どこかの部屋らしいが見覚えは全くない。
「ここは何処だ・・・・」
上体を起こそうとして腕を動かしたら、チャリという鉄と鉄が軽くぶつかった音が頭上からした。
ふとそちらへ顔を向けると、俺は驚きで目を見開く。
「何なんだ、これは・・・・・!」
動かせない両手は頭上で纏められ、手錠を掛けられてベッドに繋がっていた。
無駄だと解っていながらも手錠が外れるか試みる。 ・・・・・けれど、やはり外れる気配もない。
「・・・・冗談じゃない。 何で俺がこんな目に遭うんだよ」
ぼやきながらも頭では冷静に状況を理解し、誘拐やその他諸々の可能性を考えた。
誘拐されて身代金が目的ならば・・・・少なくとも今直ぐには殺されない筈だ。
そんな事をぼんやりと考えていると、不意に光が差し込み誰かが入ってきた。
犯人かと思い身構えていると、その声には聞き覚えがある。
―――忘れるはずのない・・・愛しい声なのだから。
「柚木先輩、もう起きてたんですね」
「・・・・・・香穂子。 一体どういうつもりだ?」
可愛さ余って憎さ百倍、とは正にこの事を言うのだろう。
俺は目の前の香穂子をキッと睨み付ける。
世の中には悪戯で許される事と、そうでない事があるのだ。
いくら香穂子でも・・・・・これは明らかにやり過ぎだろう・・・・・・。
「何を企んでいるのかは知らないけれど、早くこの手錠を外せ」
「嫌です」
キッパリと否定の言葉を返され、思わず眉を顰めた。
俺に逆らうなんて、いい度胸だね・・・・・。
「言われた事は素直に聞いた方が賢明だぜ? 次は本気で怒るよ」
香穂子はビクリと身を竦ませたが、それでも頑なに首を横に振る。
俺は無言で怯えている香穂子をジッと睨み続けた。
やがて、小さな声で香穂子はポツリと呟く。
「後でどんなお仕置きも受けますから、今だけは先輩を私に下さい」
「・・・・どういう意味?」
香穂子の言っている意味が本当に解せない。
だけど、一つだけある想像が俺の頭を過ぎった。
―――もしかして・・・また・・・・?
昨日の出来事が脳裏に甦る。
それは俺が香穂子に襲われた・・・・何とも屈辱的な過去。
最後は形勢逆転して襲い返したけれど、あの事は二度と思い出したくなかった。
俺がもの凄く嫌そうな顔をすると、香穂子は伏目がちに再び問う。
「・・・・・ダメ、ですか?」
そんなの駄目に決まっているだろ。 ・・・・でも。
「駄目だって言ったら、やめるのか?」
聞くと香穂子はまた首を横に振る。
「なら尋ねるなよ。拘束までしといて・・・・。 解った、数時間なら身体を貸してやるよ。
その代わり・・・・」
解っているよな?、と瞳で問い掛けると香穂子はコクリと大きく頷いた。
「全く。 こんな事の何が楽しいんだか理解に苦しむよ・・・・」
嘆息交じりに呟いて、身体の力を抜く。
反対の立場ならやる気も出るが、今は無気力なので行為に及べるかどうかも怪しい所だ。
しかし、香穂子はそんな事も気にせず嬉々として俺に被さる。
「まぁ、せいぜい俺を退屈させるなよ?」
「ふふっ、この日の為に勉強したんです。 覚悟して下さいね!」
「クッ・・・それは楽しみだな。 是非、期待しているよ」
香穂子の『勉強』という言葉に思わず吹き出した。
相変わらず、妙な所で熱心なヤツ・・・・。
これがテスト勉強にも反映すれば文句もないのにね。
けれど、この会話で多少気分が紛れたのも事実だ。
俺は先程よりも少し上機嫌に香穂子の耳元で囁く。
「お喋りはここまでにしておこうか・・・」
視線と視線が絡み合い、俺たちはどちらともなく口付けを交わした。
「んっ・・・んん・・・・」
香穂子の口腔内を舌でまさぐり、銀糸が二人の唇の隙間から零れる。
手が使えない分、普段より些か不便だけれど困る程ではない。
舌をちゅっと吸い上げると香穂子はくぐもった喘ぎ声を洩らす。
「ふ、ぁ・・・っ」
ぐったりと俺の上に身を委ね、キスの快楽に酔っている香穂子の唇を解放する。
「たった数分のキスだけで力が入らないのに、俺をどうこうしようなんて100年早いよ」
クスリと意地悪く笑えば、途端に香穂子はガバッと身を起こす。
「まだ全然平気ですっ!」
頬は上気して赤く染まっているが、瞳は反抗的だ。
直ぐに俺の挑発に乗ってムキになる香穂子は本当に可愛い。
このままの流れで逆に押し倒したい所だけれど・・・・・この手錠がやっぱり邪魔だね。
俺は繋がれた両手を忌々しげに見上げる。
立場が逆転して優越を感じているのか、香穂子は拗ねるのをやめて笑顔になった。
「安心して下さい。 ちゃんと気持ち良くしてあげますから」
そう言って香穂子は俺の首筋に顔を埋める。
チクリとした痛みが一瞬襲う。
そこには紅い跡がつき、香穂子は更に下へ唇をずらす。
「男の人は・・・ここって感じるんですか?」
『ここ』、と示した場所は俺がいつも香穂子を可愛がってやる時に必ず弄る所―――胸の尖りだ。
香穂子はそこをしきりに舐めたり、吸い上げたりしているけれど、然程の快楽は押し寄せてこない。
やはり、男は女性よりも性感帯が少ないって言うのは本当なのだろう。
感じはしないけれど・・・・・・。
「あぁ・・・気持ち良いよ」
香穂子のぎこちない愛撫を受けて観察しながら答える。
俺を必死に悦ばそうとする香穂子の姿は健気で可愛い。
つまり、そういう意味で『気持ち良い』のだ。
肉体的にではなく、精神的に。 香穂子だから気持ち良い。
こんな事お前に言ったら図に乗るだろうから口には出さないけれどね。
しかし、言葉とは裏腹にまだ余裕のある俺の表情を見て香穂子はムッとした表情で告げる。
「・・・・じゃあ、もっと気持ち良くしてあげますね」
そう呟いて、香穂子は下肢へと近づく。
未だ半分しか頭を擡げていないそれを躊躇なく口に含んだ。
「んっ・・・」
含んだそれを一旦離し、今度は裏筋に沿って舌を滑らせる。
上まで行くとまた下へと移動して、再び筋に沿って舐め上げた。
それを何度か繰り返されると、俺のものは急速に熱をもち始める。
「・・・っ・・・お前、上手くなったね・・・」
そう言って褒めてやると、香穂子は得意げに俺を見上げた。
「気持ちいいですか?」
「ああ・・・。 でも、そろそろ香穂子の中に入りたいんだけど・・・・?」
「ま、まだダメですっ」
顔を真っ赤に染めて香穂子は首を横に振る。
普段ならば恥じらいながらも承諾するのに、と訝しんでいると――。
「実は・・・・これもお姉ちゃんの受け売りなんですけど」
香穂子は言いながらベッドの下に落ちていた紐を取り上げた。
・・・・・・まさか・・・・・・・。
再び本能的な危険を感じ取り、無駄だと解りつつも手錠を外そうと試みる。
「先輩、暴れないで下さい。 こうすると男の人は凄く気持ちが良いらしいですから・・・・」
俺のものに紐を掛けて、話しながらもギュッと縛り上げた。
「痛ッ・・・は・・・ずせ・・・!」
激痛に顔を顰めながら、キッと香穂子を睨み付ける。
ったく、いらない知識ばかり覚えてくるなよ・・・!
心の中で香穂子を罵りながら、なんとかして痛みを逃がす方法を考える。
しかし、突然襲ってきた刺激に堪らず情けない声を上げてしまった。
「うぁ・・・っ!?」
下を見ると、また香穂子が俺のを咥えている。
熱が再度せり登ってきて解放を促す。
だが、出口を失った熱はやがて苦痛に摩り替わって一層俺を苦しめた。
「あっ・・・くる、し・・・・やめっ・・・やめろぉ・・・!!」
両手を拘束されている所為でまともな抵抗もできず、流石に余裕などない。
けれど、残った理性でせめて声だけは出すまいと唇を噛み締める。
「んん・・・っ、は・・・ぁ・・・・くぅ・・・・!」
何で、俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ・・・!!
口には出せない文句を心の中で言い続ける。
今、口を開くと声が出そうで怖い。
俺はその事だけに気を取られて、香穂子の次の行動に意識が回らなかった。
「柚木先輩。 足、上げて下さい」
「何、を・・・!?」
香穂子はローションで指を濡らし、一本だけ窄まったそこに指をさし挿れる。
以前、そこを触られた時の快感を思い出し、俺はざっと血の気が引いた。
もう声を抑えられないかも知れない・・・・・。
そんな不吉な考えが脳裏に浮かび、何とかして香穂子に止めさせようと訴えかける。
「もう充分だろっ・・・・頼むよ。 もう止めて、香穂子・・・・」
「・・・先輩・・・・でも・・・」
「っうあぁあ・・・・!」
いきなり指を中で曲げられ、突然の刺激に抑えることも忘れて悲鳴を上げた。
「ほらね? やっぱり感じるんでしょう?」
「ち、違・・・ああぁっ・・・」
「・・・・じゃあ、ここは?」
そう言って、香穂子はダイレクトに前立腺に刺激を与える。
ビクンと身体が跳ね上がり、熱が更に解放を求め、俺は残った理性さえも捨てそうになった。
ギリギリの所で残っていた理性も、香穂子が自身に触れた事によって簡単に崩壊する―――。
「やめっ、嫌だ・・・! あぁ、あっ・・・・ああァ――――ッ!!」
全身の筋肉がグッと緊張し、その数秒後にぐったりと身体を弛緩させた。
雄を拘束され、達する事のないままに逐情を迎えてしまった・・・・。
肉体的にも精神的にもボロボロで、俺はそこで意識を手離してしまう。
不意に目が醒めて、ハッと気が付くとそこは香穂子の部屋だった。
手は拘束されておらず、隣りで眠る香穂子に腕枕をしている。
「・・・夢・・・・?」
服を身に纏っていないのは、つい数時間前まで情事に耽っていたから。
そこまで思い出して、俺は漸く安堵の溜め息を吐いた。
「―――悪夢だ・・・」
ぼそりと呟くと、香穂子が僅かに呻いてコロンと寝返りを打つ。
そんな幸せそうな寝顔を見て可愛いと思う反面、憎らしくも思った。
「・・・・・お前の所為だからな。 あんな夢を見たのは」
言葉とは裏腹に俺は香穂子を抱き寄せる。
真っ白で温かな肌に触れていると、昂ぶった気持ちが途端に和らいでいく。
「・・・ん・・・柚木、せんぱ・・・・」
香穂子が起きたのかと思って少し身を離すと目覚める気配はなく、ただの寝言らしい。
「今は寝てていいよ。 ただし、目が醒めたその時は夢の責任を取って貰うからね・・・・?」
俺は香穂子の耳元で秘め事のように囁いて、クスクスと笑った。
――――今度は俺が、お前を好きにする番だよ。
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★あとがき★
マジでこれはアップするかどうか悩みました・・・・・。
ちょっと調子に乗りすぎたかな・・・。
この話は前作の『Revenge』の続編となっております、一応。
以前より反応が怖いな・・・コレ・・・。